呉市立美術館
呉市立美術館 緊急企画 コロナに負けるな!! コレクション展 可憐な花の美しさと力強さ | 近現代の美術作品を所蔵し特別展も開催|呉市立美術館

開館時間

●10時〜17時
(入館は16時30分まで)

休館日

●毎週火曜日
(火曜が祝日・振替休日の場合は、その翌日)
●年末・年始(12月29日〜1月3日)
※展示替え等で臨時に休館する場合があります
 
は休館日
 
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緊急企画 コロナに負けるな!! コレクション展
「可憐な花の美しさと力強さ」 2020年5月13日(火)〜6月21日(日) 
併設「名品アラカルト 彫刻&工芸」〃5月13日(火)〜8月23日(日)

入場無料

 このたび当館では、時節柄また季節柄、少々たいそうなネーミングではございますが、「緊急企画 コロナに負けるな! 可憐な花の美しさと力強さ」と題して、「花」をテーマとしたコレクション展を開催します。
 ふと身辺に目を向ければ、春から夏にかけてのこの時期は、多くの花々が芽吹き、また今を盛りにと咲き誇っています。花はその美しさが人々の心を癒やすだけではなく、生命や生命力の象徴として力強く人々を励ます存在でもあり、多くの美術作品に描かれてきました。
 この数カ月は新型コロナウィルスのパンデミックに見舞われ、世界中の人々が史上かつてない混乱と苦境を経験しました。当館においても3月9日以来臨時休館し、先の見えない状況で展覧会の中止・延期などの決断をせまられたところです。
 再開を待ちわびる中、このたび美術館の休業要請が解除されたことを受け、私達の今の心境を「花」に託して、急遽本展を企画いたしました。また、2階ホールでは彫刻と工芸の名品を取り揃えて展示しています。
 何分急ごしらえの、心ばかりの手作り企画で、行き届かない面が多々あろうかと存じますし、一日も早い終息へ向けた感染防止のため、御来観のお客様には御不自由を多々おかけしますが、本展をお楽しみいただければ幸いです。

展示内容 「可憐な花の美しさと力強さ」(1階第3展示室)

 6名の作家による花をテーマとした作品を中心に35点の絵画を展示しています。作家ごとに展示し、展示室を時計回りに進んでいただく順路としております。この展示室では展示壁を片側のみ使用し、空間を広くとっていますので、他のお客様と十分に距離を保ちながら、ご自由にご覧ください。
 以下、展示順に内容をご紹介します。

水谷愛子(みずたに あいこ) 1924(大正13)年〜2005(平成17)年

水谷愛子《梅の花》(1998年、紙・色鉛筆、38.4×54.3僉
 広島市出身。女子美術学校に学び、後に前田青邨らに師事。1945(昭和20)年被爆し九死に一生を得ました。1949年に同郷の日本画家・山中雪人と結婚し、共に中学校の美術教師を務めながら日本画を修行しました。日本美術院展で大観賞等受賞を重ね、2000(平成12)年より同人となりました。
 今回は花などを描いたスケッチ6点を紹介します。「私は、ともかく描くことが好きで、子どもの頃は紙と鉛筆さえあれば一日描いて遊んでいた。今でも写生などは一日中描いても決して飽きることはない。描くたびに対象から何かを発見し、それを描けることは何よりも嬉しいし、また楽しいのだ」と語る作者の声が聞こえてくるようです。
 このような写生を積み重ね、確かなデッサン力に裏付けられた、大胆で生命力溢れる構図・線描・色彩により、対象の本質を抽出し、表現しました。

馬渕 聖(まぶち とおる) 1920(大正9)年〜1994(平成6)年

馬渕聖《二つの卓》(1969年、木版・紙、860.×55.4僉
 東京・京橋に生まれました。木口木版の摺師だった父のもとで育ち、中学時代の美術教師・水船三洋(呉市出身)の影響もあり、1937(昭和12)年東京美術学校工芸科図案部に入学し、平塚運一に木版画を習いました。在学中の1940年光風会に初入選し、卒業制作の連作「木版による自然物の装飾的表現」は文部省買上げになりました。戦後は光風会に加え、日展に出品を続けました。1952年に日本版画協会に入会するも1960年日本版画会の創立に参画して協会を退会し、1981(昭和56)年日本版画会会長となりました。
 一般的に平面的で淡泊な木版画に、重厚で詩的な深みを可能にするため、モザイクによる複雑な摺り重ねを考案し、深化させました。墨・透明水彩・ポスターカラー等を使い分け、版を30回から50回摺り重ねた作品もあります。摺り重ねによって浮かび上がる形と色彩の重層が味わい深い趣きを醸し出しています。
 今回は花を主題に制作された作品8点を展示しています。

斎藤 清(さいとう きよし) 1907(明治40)年〜1997(平成9)年

 福島県に生まれ、家庭の事情で北海道へ移住しました。様々な職業を経て、1926年小樽にて看板店を開業し、このころより小学校教師から油絵・デッサンを習いました。1931(昭和6)年上京し、宣伝広告業に従事しながら絵画を修行し、白日会展、東光展、国画会展等に油彩画を出品しました。また、1936年頃から版画制作を始め、国画会、日本版画協会などに出品し、会員となりました。以後、版画制作に専念し、1948(昭和23)年サロン・ド・プランタン展で1等賞を、1951年サンパウロ・ビエンナーレ展で日本人賞を受賞。その後内外への展覧会に多数出品し、清新で叙情性あふれる作品は国内外で高く評価されました。
 洗練された構図と穏やかな色彩で、しばしば故郷会津の冬景色や古都鎌倉の風情を描きました。今回の展示作品では、シックな鎌倉の歴史的建造物を背景に可憐な花々がみずみずしい季節感を伝える作品2点を展示しています。

森田曠平(もりた こうへい) 1916(大正5)年〜1994(平成6)年

森田曠平《朝稽古(舞い妓四題)》(1977年、木版・紙、42.3×30.3僉
 京都市に生まれました。母方の祖父・森田茂は浜口内閣の衆議院議長、第11代京都市長を歴任した人物です。病弱で多感な少年時代を祖母の導きで能・謡曲に親しみ、文学と絵画に傾倒して過ごしました。旧制中学時代に黒田重太郎が主宰した関西美術院で油絵を学び、1940(昭和15)年日本美術院の小林柯白に師事して日本画に転向、柯白没後の1944年安田靫彦に入門して神奈川県に転居しました。日本美術院で受賞を重ね、同人に推挙されました。能を始め伝統的な文学や芸能に取材し、古典の内に表出される美の世界に日本人としての真情を見出し、独自の画境を切り開きました。
 また、大原女や舞妓など京都の女性像を、しばしば描き、あでやかに気丈に知的に、古典美に現代性や実在感を兼ね備えて表現しました。舞妓に花が添えられた今回の展示作品2点では、人物の内面性や季節感が京の風情とともに描出されています。

谷口仙花(たにぐち せんか) 1910(明治43)年〜 2001(平成13)年

谷口仙花《林檎を持つ子ども》(1945年、絹本彩色、44.1×51.1僉
 東京に生まれました。川端龍子に師事し、モダンで気品ある美人画を描いて一躍注目を浴びました。1944(昭和19)年に新進気鋭の日本画家・船田玉樹と結婚して、夫の故郷である呉市に疎開しました。呉では、夫の画塾で後進を育てるなど当地の美術の発展に貢献しました。1953(昭和28)年に離婚して米国籍の男性と結婚して後は米国に住みました。昭和前半期の世相の中、女性の生き様や内面を、装いや顔貌に反映させて生き生きと描きました。
 今回2点を展示する、季節の花と女性の組み合わせは、作者が最も得意とした画題の一つ。巧みな構図と描写が冴えています。そして本作《林檎を持つ子ども》は玉樹との愛息を描いたもの。幼子の肌に山茶花(さざんか)のピンクが映えてかわいらしい。また、あわせて紹介する草花のスケッチ4点は学生時代に描かれたものと推測され、適確な作画の基礎となる、細やかな観察と描写力が伺われます。

船田玉樹(ふなだ ぎょくじゅ) 1912(大正元)年〜1991(平成3)

 現在の呉市広に生まれ、美術を志し上京しました。琳派に感銘して油絵から日本画に転向し、速水御舟、小林古径に師事。院展に出品する傍ら現代美術運動に深く関わり、1938(昭和13)年には歴程美術協会を結成するなど日本画表現の前衛を追求しました。戦後は呉・広島に腰を据え、創作の自由を求めて、院展から新興美術院に移籍し、1975(昭和60)年以後は無所属となりました。伝統に立脚した革新的姿勢で、精緻・端麗にして絢爛・豪胆な独自の画境を創出しました。
 今回展示の短冊10点は小画面ながら、墨画、彩色画、没骨(もっこつ、輪郭を描かない)、垂らし込み(絵具の滲みを生かした表現)など、また、琳派風の装飾的作品から抽象画風の前衛的作品まで、伝統と革新の両極に立脚する、作家の画技や作域の広さを垣間見ることができます。
 右図版は、船田玉樹《白椿》(制昨年不詳、紙本彩色、36.4×6.1僉法

【併設】「名品アラカルト 彫刻&工芸」(2階ホール)

佐藤忠良《ともちゃん》(1977年、ブロンズ、30.2×16.5×19.6僉
芥川永《遠くの声機奸1979年、ブロンズ、51.6×18.1×16.4僉
中村錦平《香炉ら‟でしょなるや”》(1986年、陶器、12.8×12.4×10.7僉
今井政之《馬置物》(陶器、12.8×12.4×10.7僉
三代徳田八十吉《彩釉鉢》(磁器、13.1×径56.5僉
加藤卓夫《ラスター彩‟山の実蝶文大皿”》(1994年、陶器、6.8×径44.0僉
 当館が所蔵する彫刻と工芸のジャンルから16点の名品を取り揃えて展示しています。野生的でかつ愛らしいペリクレ・ファッチーニの《猫》、平和記念公園の《教師と子どもの碑》(1971年)などの制作者として知られる芥川永による深い詩情と人間性、象徴性を湛えた人物像、昨年文化勲章を受章した陶芸家・今井政之による牧歌的な動物置物、陶芸家・中村錦平による華美で荒々しいオブジェのような香炉や土瓶など、変化に富んだ名品アラカルトをお楽しみください。特に、呉市が誇る彫刻家・上田直次(1880年〜1953年)による《必勝面》はこのたびコロナ調伏の祈りをこめて展示しています。

上田直次(うえだ なおじ) 1880(明治13)年〜1953(昭和28)年

上田直次《必勝面》(1938年か、木・彩色、41.9×41.3×14.0僉
 賀茂郡川尻町(現・呉市川尻町)に当地随一の宮大工を父として生まれ、早くから木彫家としての才能を示しました。27歳の時単身上京し、政治家 望月圭介や旧藩主 浅野長勲の支援を受け、木彫を山崎朝雲に、塑像を朝倉文夫に学びました。戦時を背景に比治山公園の加藤友三郎元帥など軍人像を多く手掛けた一方、山羊を平和の象徴と考え、生涯のテーマとして制作しました1930年第11回帝展で《山羊の親子》が特選となり宮内庁に買い上げられ、その翌年制作した同じく山羊の親子を表わした《愛に生きる》はそのブロンズ像が当館前の美術館通りに設置されています。晩年は郷里に戻り、地元美術の発展に尽力するとともに、仏像の制作に励みました。
 今回は、憤怒の形相を表した仏尊像「必勝面」をコロナ調伏の祈りとコロナと戦う人々へのエールをこめて、展示しています。

ご来館に当たってのお願い

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、ご来館にあたっては、以下のことについてご了承とご協力をお願いいたします。

【お客様へのお願い】
入館時に発熱の有無をおうかがいします。なお、発熱や風邪症状があるお客様は、入館をご遠慮いただきます。

新型コロナウイルス感染症対策のため、ご入館の皆様には、保険所等の行政機関による聞き取り調査等にご協力いただく場合があります。そのため、入館時に、日時・氏名・連絡先等のご記入にご協力ください。

ご来館中に体調をくずされた場合は、スタッフへお声かけください。また、状況によってスタッフからお声かけをさせていただく場合があります。

アルコール消毒液での手指消毒の徹底、うがいの励行をお願いいたします。

館内ではマスク着用やハンカチで口を覆うなど、咳エチケットにご留意いただくなど、お客様ご自身でも感染症予防対策を行うようお願いいたします。

作品を鑑賞される際は、他のお客様と距離を空けてご鑑賞いただきますようお願いいたします。また、展示室内での大きな声での会話はお控えください。

感染防止のため、壁や展示ケースには触れないようお願いいたします。

2階トイレの使用を禁止とさせていただきます。1階のトイレをご利用ください。また、ごみ箱は撤去しておりますので、各自でお持ち帰りをお願いいたします。



【展覧会開催計画の変更について】
呉市立美術館では、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、今年度に予定している展覧会および各種講座の開催を延期することといたしました。

4月29日(水・祝)から開催予定であったコレクション展機収蔵企画展については、現時点では、9月5日(土)から11月3日(火・祝)に開催を予定しております。

それ以外の展覧会については現在日程を調整中ですので、決定次第お知らせいたします。