呉市立美術館
近現代の美術作品を所蔵し特別展も開催|呉市立美術館

開館時間

●10時〜17時
(入館は16時30分まで)

休館日

●毎週火曜日
(火曜が祝日・振替休日の場合は、その翌日)
●年末・年始(12月29日〜1月3日)
※展示替え等で臨時に休館する場合があります
 
は休館日
 
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特別展

視覚を超えて 八田豊
―90歳、さらなる挑戦

2021年5月15日(土)〜7月4日(日)




 
 福井県越前市を拠点に活動する現代美術家・八田豊(1930- )は、金沢美術工芸専門学校(現・金沢美術工芸大学)美術科洋画専攻を卒業後、故郷に戻って教員生活を送りながら、1950年代から作家活動を開始し、福井県の美術家たちによって戦後結成された「北美文化協会」に参加します。やがて、パルプボードやアルミ板を支持体として幾何学文様を線刻する手法による前衛的な作品は、全国的な評価を獲得しました。しかし80年代に視力を失い、それまでとは表現方法を大きく転換させます。絵具がキャンバスの上を流れてゆく音を頼りにした平面作品や、福井県の特産品である越前和紙、そして和紙作りの過程で本来は廃棄される楮(こうぞ)などを用いて、指先で確かめながら画面に素材を貼り付けていく作品群は、視覚のみに頼らない八田独自の絵画表現を確立しています。
 本展では、初期から近作までの約90点を展示し、八田の変化に富む画業を網羅的にご紹介します。90歳を迎えた八田の、いまなおアーティストとして旺盛に制作を行う不屈の精神と、地域における美術文化の醸成に尽力し続ける姿は、困難な時代を生きる私たちにとって大きな励みとなるでしょう。エネルギーに満ち溢れた作品群を、ぜひ会場でご覧ください。


会期2021年5月15日(土)〜7月4日(日)
開館時間10:00〜17:00(最終入館は16:30まで)
休館日火曜日
入館料一般1,100(900)円/大学生500円(要証明書)/高校生以下無料

※( )内は一般前売及び20名以上の団体料金、シルバー料金(70歳以上の方、要証明書)。障害者手帳等をお持ちの方は無料(要証明書)。高大生は学生証をご持参下さい。
前売券販売場所(4月上旬より販売)呉信用金庫ホール、電子チケットぴあ(Pコード:685-148)、ローソンチケット(Lコード:62843)、セブンチケット(http://7ticket.jp/s/088724)、CNプレイガイド(Famiポート)、ひろしま夢ぷらざ、中国新聞社読者広報部、中国新聞販売所(取り寄せ)、ゆめタウン呉、生協ひろしま、呉の主な画材店など
主催呉市立美術館、呉市、呉市文化振興財団、NHKエンタープライズ中国、中国新聞社
後援中国放送、広島テレビ、広島ホームテレビ、テレビ新広島、広島エフエム放送、FMちゅーピー76.6MHz、FM東広島89.7MHz

関連イベント

関連イベントに参加される方は入館当日の展覧会チケットが必要です。

イ痢攸郎逎錙璽ショップ】は事前申込が必要となります。

 梁价漫枠田豊氏 自作を語る ※申込不要

八田豊のこれまでの画業と今後の美術の展望について、作家自らと本展監修者が語ります。

日時:5月15日(土)13:30〜15:00
講師:八田豊氏(本展出品作家)、篠雅廣氏(大阪市立美術館長、本展監修者)
聞き手:横山勝彦(当館館長)
定員:40名(先着順)
会場:当館2階ホール


担当学芸員によるギャラリートーク ※申込不要

日時:6月13日(日)、6月27日(日)各14:00〜(1時間程度)
会場:「八田豊展」会場内

[館長講座]日本の戦後美術入門(全3回) ※申込不要 ※比治山大学連携事業

日時: 6月12日(土)戦後美術の再出発 50年代を中心に
    4月24日(土)60年代 表現方法の拡大
各13:30〜15:00
講師:横山勝彦(当館館長)
定員:30名(先着順、入館券1枚で全3回聴講可、当日整理券配布)
会場:地階講座室

[体験ワークショップ] ※申込不要
会期中いつでも参加できます。

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  展示作品の一部を、直接触って鑑賞することができます。

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素材を画面に貼り付ける八田さんの制作手法を体験します。
  出来上がった作品は館内に展示し、お互いの作品に触れることができます。

参加費:いずれも無料
会場:「八田豊展」会場内

[創作ワークショップ]「さわり心地」を見つけよう ※要事前申込

美術館周辺にある様々なものに触れ、自分の好きな触り心地のものの写真を撮ります。参加者同士で写真を共有し、感じ方の違いについて考えます。

日時:6月5日(土)13:30〜15:30
講師:担当学芸員
定員:15名
会場:当館地階講座室および当館周辺
参加費:無料
持参物:デジタルカメラ
申込〆切:5月22日(土)

展覧会のみどころ

第一章

 八田豊は1930年、福井県今立郡中河村(現・鯖江市)に生まれました。11歳の時に武生市(現・越前市)に移り住み、美術教育者の木水育男や、後の画業において互いに切磋琢磨する仲間となる河合勇と出会います。1951年に金沢美術工芸専門学校(現・金沢美術工芸大学)を卒業し、郷里へ戻った八田は、中学校の美術教員として勤務するかたわら、画業をスタートさせます。

 福井県では、戦前に興った文化運動である北荘画会(ほくそうがかい)を前身とする「北美文化協会」(北美/ほくび)が、1948年に土岡秀太郎を中心として結成されました。北美の理念は、郷土の美術文化の向上を目指して「民衆の全体が芸術を理解し、これを実生活にとりいれることによる多くの期待をもつ」ものであり、特定の美術様式や思想を創造する作家集団というよりも、美術文化の普及を目的とするものでした。

 八田は1951年から河合勇とともに北美の会員となり、大都市とは異なる「地方」に生きる作家としての意識をつねに持ちながら創作活動を展開することとなります。

 また、1953年からは創元会へ出品し、人物を主な画題とする具象性を残した作品を発表しました。創元会には1963年まで参加しましたが、脱会以降、八田の作風は円の中に直線や幾何学的形態を組み合わせる抽象表現へと移行し、独自性を確立していきます。


《群像》1957年
キャンバスに油彩
福井県立美術館蔵
※5月15日〜6月14日までの展示

第二章

 1962年に体調を崩して一時入院生活を送った八田は、その間に膨大な数のデッサンを小さな色紙に描きました。古い日本の文様や古九谷焼の図案に興味を持ち始めていた八田は、円を基礎とし、そこに様々な線や形を組み合わせたデザイン的な抽象画をひたすら模索しました。そして制作を再開させると、支持体は次第にキャンバスからベニヤ板やパルプボード、デコラ板など多様となり、八田は絵筆を彫刻刀やたがねに持ち替え、描くというよりは刻むことによってイメージを創出するようになりました。

 八田自身が「カーヴィング」と呼ぶ作品群は、多数の円を積み重ねるように線刻していきながらも、微妙に周期のずれを発生させることによって、モアレ(干渉縞)のような視覚効果が生み出されています。また、これらの作品は機械的・工業的な作業を連想させますが、八田は自らの手によって線を刻むことに価値を見出していました。あらゆる主題や叙情性を排した無機的な画面であるようでいて、素材の特性や手仕事の温かみが残されているところも、カーヴィングの面白みのひとつでしょう。

 1960年代から70年代にかけて、カーヴィングの作品群は全国的に高く評価され、八田は福井から全国へとその名を知られる存在になっていきました。


《クルクル》1964年
パルプボードにカーヴィング・水性塗料
(撮影:島川泰広)
《ゴールデン・キララ》1968年
木製パネルにアルミ、カーヴィング
福井県立美術館蔵

第三章

 1977年、北美は30周年記念展を開催し、北陸の美術文化における役目を終えたとして活動を終了しました。1979年に北美の主導者であった土岡秀太郎が、翌年には八田の幼少期からの盟友である河合勇が亡くなり、八田を取り巻く環境は変化の時を迎えました。

 さらには八田自身も、この頃から著しく視力が低下し、制作活動にも支障をきたすようになります。初期の段階では朝早い時間に視力が回復する傾向があったので、日の出前のほんの一刻にデッサンを行ったり、妻や周囲の人々にカーヴィングをさせ、表面を指で触れながら画面の様子を確かめていたといいます。しかし、完全に光を失い、八田はカーヴィングの技法を捨てざるをえなくなりました。また、長年勤めた教職からも離職することとなりました。

 しかし八田は画業を諦めず、1985年ごろから制作活動を再開させ、視力に頼らず、触覚や聴覚を用いた新たな作品制作に取り組みます。1990年頃からの、アクリル絵具をキャンバス上に流し込む「流れより」のシリーズでは、八田は絵具がキャンバスの上を滴る音を聴きながら制作したといいます。鮮やかな色彩が、偶然の成り行きと八田の聴覚によるコントロールとを以て画面上を奔放にかけめぐる様子は、力強い生命力を放ちます。そしてこれらの作品は、視力を失ってなお制作活動を諦めなかった八田の、模索と格闘の痕跡でもあります。

 また視力を失ったあとの八田の重要な活動として、北美後の地域の文化運動の主導者となったことも挙げるべきでしょう。河合勇亡き後に地域の若者たちの活動を支えるため、1983年に開催した「第3回現代美術今立紙展」など、八田は美術作家としてだけでなく、地域の美術文化を守り、発展させるための活動も始めました。


《流れより》1990年
キャンバスにアクリル
(撮影:田倉卓)

第四章

 1995年ごろから、八田は紙を自身の制作に使用するようになります。福井県は古くから越前和紙という伝統的な産業があります。また、日本や韓国の紙文化や紙の制作工程に関心を寄せるようになり、次第に紙の物質性そのものが作品の主題となりました。
 
 そして近年は、紙すきの原料である楮(こうぞ)の樹皮を画面に貼り付ける「流れ」シリーズを展開しています。楮の樹皮は和紙作りの過程で本来廃棄されるものですが、八田はそれを紙すきの工場などから譲り受け、煮込んで柔らかくし、指で繊維を整えてから制作に使用します。楮が手に入らない時は、紙づくりの際に裁断される四方の端を集め、こより状にしたものを貼り付けることもあります。捨てられるはずだった楮や切れ端は、キャンバスを埋め尽くすように連続して貼り付けられることで、力強い物質感を主張する「素材」でありながら、水や大気のように有機的な流動性を感じさせる「作品」へと昇華されます。

 八田は自身が生まれ育ち、創作の拠点とする福井の産業や環境に根差した独自の芸術表現を確立し、90歳を超えた現在も新たな表現へと挑戦を続けています。


《流れ11-05》2011年
キャンバスに楮
(撮影:島川泰広)