呉市立美術館
近現代の美術作品を所蔵し特別展も開催|呉市立美術館

開館時間

●10時〜17時
(入館は16時30分まで)

休館日

●毎週火曜日
(火曜が祝日・振替休日の場合は、その翌日)
●年末・年始(12月29日〜1月3日)
※展示替え等で臨時に休館する場合があります
 
は休館日
 
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特別展

呉市制120周年・開館40周年記念
呉の美術―激動の時代を越えて―

2022年11月26日(土)〜2023年1月29日(日)

 

 呉市制120周年・開館40周年の節目にあたり、呉の近現代美術史を振り返ります。
 呉市は、1902(明治35)年に呉湾に臨む宮原村・荘山田村・和庄村・二川町が合併して誕生しました。当地には1889(明治22)年に旧海軍の呉鎮守府が開庁しており、海軍工廠が拡充されるなど、呉市は東洋一の軍港都市に成長していきます。全国各地から将兵、工員ほか多くの人々が流入して都市化が進み、軍都ながら多様な価値観を包含する近現代的精神が醸成され、革新的な独立美術協会系美術が隆盛するなどしました。戦況の緊迫化により美術活動も統制されますが、終戦翌年には疎開中の中央美術家が中心の「芸南文化同人会」、地元美術家による「呉美術協会」が結成されて、美術の復興を牽引しました。戦後の呉市は、呉海軍工廠等の技術を礎に重工業都市として復興しましたが、美術文化も戦前の革新性や自由精神を引き継ぎ、様々な表現活動へと展開していきました。
 本展では、明治・大正期以降の呉市における近代的な美術の流れをたどり、手島呉東、南薫造、上田直次、朝井清、長田健雄、片岡京二、池田栄廣、船田玉樹、岡部繁夫ほか、郷土ゆかりの作家の作品約160点を紹介します。
 美術作品を通して、呉の歴史や文化、地域の個性への理解を深める機会となれば幸甚です。
会  期2022年11月26日(土)〜2023年1月29日(日)
開館時間10:00〜17:00(入館は16:30まで)
休 館 日火曜日、年末年始(12月29日〜1月3日)
入 館 料一般1,100(900)円
大学生500円(要証明書)
高校生以下無料
※( )内は一般前売および20名以上の団体料金、シルバー料金(70歳以上の方、要証明書)、障害者手帳等をお持ちの方は無料(要証明書)。高大生は学生証をご持参ください。
前売券販売所
10月1日より順次販売開始
呉市立美術館、呉信用金庫ホール、新日本造機ホール、電子チケットぴあ(Pコード686-259)、ローソンチケット(Lコード63539)、セブンチケット(http://7ticket.jp/s/097993)、CNプレイガイド(Famiポート)、ひろしま夢ぷらざ、中国新聞社読者広報部、中国新聞販売所(取り寄せ)、ゆめタウン呉、生協ひろしま、呉の主な画材店など
主  催呉市立美術館、呉市、呉市文化振興財団、中国新聞社
後  援NHK広島放送局、中国放送、広島テレビ、広島ホームテレビ、テレビ新広島、広島エフエム放送、FMちゅーピー76.6MHz、FM東広島89.7MHz
特別協力広島県立美術館
協  力安芸高田市教育委員会、明田フォトプロジェクト、茨城県近代美術館、入船山記念館、海と島の歴史資料館(大台望月邸)、大分県立美術館、海上自衛隊第一術科学校教育参考館、北広島町、京都国立近代美術館、京都市美術館、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)、呉市川尻市民センター、呉市文化スポーツ部文化振興課市史編さんグループ、慶應義塾普通部、玉川大学教育博物館、東京藝術大学大学美術館、東京国立近代美術館、一橋大学附属図書館、広島平和記念資料館、靖国神社遊就館、蘭島閣美術館、和歌山県立近代美術館
助  成
芸術文化振興基金
協  賛ヤマト運輸株式会社

展示構成

1-1 近代美術の曙光

制作者不詳《呉浦の図》1884-85年 入船山記念館蔵



南薫造《坐せる女》1908年 広島県立美術館蔵
 本章では、呉において、展覧会や美術団体の誕生など、近代的な美術運動が胚胎する以前の美術の一端を垣間見ることとする。

 呉市制施行以前の、呉の地域では、広島藩政下及び廃藩置県以後も庄屋が政治経済・文教の要としての役割を果たしていた。庄山田村の庄屋・澤原家には地域史を物語る「近世・近代史料」(呉市有形文化財)が伝えられ、宮原の庄屋・青盛(あおもり)家旧蔵の絵画・文献資料には、呉鎮守府開庁による用地接収に伴う、呉町を含む宮原村の歴史が記録されている。また、仁方の庄屋・手島家には『芸備孝義伝』など藩による領民教科資料が多く残され、その文化的環境から、画家・手島呉東を輩出した。

 一方、南家は安浦の旧家で、南薫造の父、啓造を始め、医師を多く輩出した名家で、薫造も医家を継ぐことを期待されるも画家を志し、油彩画・水彩画・版画など西洋美術の先駆者となった。広島県美展で南薫造の作品が特別出品されたり、広島県産業奨励館で個展(昭和10年4月)が開催されたおりには大変な人気を博し、その抜きんでた存在は、広島県の画家たちにとって目標となり励みとなった。

 大正時代になり、日本画家たちにより流派を越えて研鑽と親睦を図ることを目的に呉美術協会が結成されて、定期的な展覧会が企図されるなど、近代的な動きが見られたが、洋画文化が呉に根付くのは、昭和時代になってからのことである。



1-2 近代的美術運動の興隆

朝井清《盛秋》大正末期〜昭和初期 呉市立美術館蔵



 呉における洋画壇は昭和の幕開けと共にようやく形成され始めた。呉の洋画壇を成熟に導いたのは昭和3(1928)年頃設立された「ポベニエ会」で、市内教職員と海軍士官を構成員とし、主義主張や巧拙が未分化の初々しい美術団体だった。やがて、ポベニエ会を母体に、水彩画を中心とする穏健な画風の「互歩会」が昭和7年に結成され、フォービスムの画風を基調とする前衛的な独立美術協会系の「呉独立美術研究会」が昭和11年に結成された。画家たちは自らの主義主張に基づき制作するようになり、画家としての力量を磨いていった。

 戦前呉の美術の特徴の一つとして、創作版画の流れがある。広島県で唯一人の版画における帝展作家である朝井清が中心となり、昭和11年に呉創作版画倶楽部が結成され、県美展や中央展への出品者を輩出した。版画は複数性を特徴とすることから冊子など印刷物を媒体に普及発達したため、文学との結びつきが強く、また、大衆への文化普及を標榜するプロレタリア運動とも近親性があり、一方では文学的・詩的な象徴性を帯びた表現となり、他方では同時代の市井の風物や労働風景など社会性の強いテーマを採り上げた。

 大正時代においては、呉の美術界は日本画が主流であったところ、昭和時代になると洋画が隆盛して、日本画は個人作家の創作活動に収斂していった。当時の美術界は、後期印象派など近代的芸術思潮と、デューラーなど西洋古典や東洋の伝統に回帰する反近代的思潮があり、日本旧来の日本画には時代に即した近代化が求められる一方、西洋画には西洋の真似ではない日本固有の芸術としての西洋画への進化が求められた。こうした中、洋画と日本画の交錯が見られ、こうした時代思潮の中で呉ゆかりの日本画家にも特異な創作活動をする者が現れた。

 また、彫刻では、上田直次が南薫造と並んで早くから中央美術界で高い評価を受け、日本伝統の木彫と西洋由来の写実的な塑像の両分野において、手腕を発揮した。


長田健雄《桃咲く》1933年 呉市立美術館蔵
岡部繁夫《卓上静物》1937年 広島県立美術館蔵


上田直次《愛に生きる》1931年 呉市立美術館
平川清蔵《小品版画集・風景》1932年 東京藝術大学大学美術館


小田宮華渓《頂淑美》1921年 個人蔵


片岡京二《憂鬱》1923年 玉川大学教育博物館蔵
※この図版は、令和4年9月20日に著作権法第67条の2第1項の規定に基づく申請を行い、
同項の適用を受けて作成されたものです。


船田玉樹《暁のレモン園》1949年 京都国立近代美術館蔵


1-3 戦争と美術

清水登之《四明公司屋上の海陸共同戦線》1932年 海上自衛隊第一術科学校教育参考館蔵
上田直次《杉本五郎像》1938年 広島県立美術館蔵




 昭和7(1932)年1月に発生した第一次上海事変に各鎮守府から派遣された上海陸戦隊の海軍将士の活躍を司令官・植松練磨少将が松田、安藤(安東収一)、清水(清水登之)、小川の四画家に百号油絵16点に絵画作品化させた。これらは、同年6月に呉市(海軍下士官兵集会所桜松館、五番町小学校講堂)で公開され、この展覧会が、呉市での美術における戦時体制の始まりを告げるものとなった。

 やがて、太平洋戦争の開戦を受けて、昭和17年5月には呉鎮守府等の後援により「呉海洋美術協会」が結成されて既存美術団体を傘下に収め、呉市翼賛会文化部に組み込まれた。この後も、「互歩会」「呉独立美術研究会」「呉蒼原会」など各団体による自主的な展覧会は継続されたが、文部省情報局による昭和19年9月の「美術展覧会取扱要綱」制定(一般公募展の中止)を受けて同年11月には「呉海洋美術協会秋季展」が創設されて呉市内の美術展覧会が実質的に「打って一丸」となり、画家たちは彩管報告に挺身することになり、呉の美術界は本格的に軍事色に染まった。

 また、軍事機密のために「要塞地帯法」「呉軍港防諜規程」などにより、軍港都・呉の画家たちは風景画など描写の対象を厳しく制限されたが、軍港、艦船、海軍工廠、空襲を描くことはもちろん御法度であった。そして、画家たちが文化戦士として描いた戦争画で敗戦を生き延びたものは僅少である。そのような中、戦争を体験した画家たちによって後世に描かれた作品は、当時の記録画として、また、画家たちやその時代を生きた人々の心情を表現したものとして、貴重である。


益井三重子《トラック島に於ける戦艦武蔵・大和》1972年 靖国神社遊就館蔵


2-1 敗戦と復興

高原良雄《呉近海の軍艦青葉》1946年 海上自衛隊第一術科学校教育参考館蔵


朝井清《広島の夕焼》1945年 広島平和記念資料館蔵
南薫造《日の出》1949年 広島県立美術館蔵
 

 昭和20(1945)年の3月から7月にかけて呉市を襲った度重なる空襲により、呉市は壊滅的な被害を受け、同年8月15日の敗戦により、明治19(1886)年以来の軍港都としての歴史に終止符を打った。呉にはアメリカ軍と英連邦占領軍が駐留し、占領政策が進められた。

 焦土と化した呉市にも再び文化の芽が芽吹き始める。早くも形を成したのが、昭和21年初頭に設立された芸南文化同人会であった。中心となったのは、郷里・安浦町に疎開していた南薫造と、妻の郷里・安芸津町に疎開していた版画家の永瀬義郎。その組織は美術部、工芸部、音楽部、文芸部、政治経済部、生活指導部などがあり、竹原本部、安芸津支部、呉支部などが置かれていた。その機関誌として発行された『芸南文化』には、文化による人間性回復と戦後復興を目指す設立趣旨(永瀬義郎による巻頭言)や活動内容が記載され、朝井清の版画と挿絵で飾られた。

 美術部の活動が主体となり、呉で実施されることが多くなり、やがて地元在住の美術家による呉美術協会が昭和21年11月に成立する。名誉会長に呉市長、副会長に朝井清、理事に藤川九郎、鞆谷繁夫、堀内唯一、空野末人(八百蔵)、生田正雄、船田玉樹らが名を連ねた。会長は空席となっているが、南薫造や永瀬義郎のための席と考えられている。

 戦後の呉市が海軍工廠等によって培われた工業技術を礎に重工業都市として復興したように、美術においても戦前に培われた蓄積を礎に新たな道が開かれていくことになる。

 戦後間もない衣食住にも窮する時代に呉市において営まれてきたこれらの活動は、特に苦難の時代においてこそ、人が生きていくために芸術がかけがいのないものであることを物語っている。

 このコーナーには、この頃の雰囲気を伝えたく、終戦後間もない頃に制作された芸南文化同人会、呉美術協会に参画した作家たちによる作品を紹介している。そこには、身近な時間や季節の移ろい、自然や家庭への暖かな眼差しの中に平和の再来が感じられ、やがて、内面の表出へと表現を深めていく。

2-2 呉美術の展開

岡部繁夫《作品UXY》1967年 呉市立美術館蔵



ミネ・クレイン《鶴と遊ぶ》1974年 個人蔵



星加哲男《ある風景2000》2000年 呉市立美術館蔵
益井三重子《祝の日》1994年 個人蔵



 戦後を概観するにあたり、初めに、戦前において呉美術の先駆者や中心となって活躍し、成熟へと導きながら、戦前の作品に出合うことができなかった画家たちのうち数人について、戦後の作品により彼等へのオマージュを捧げたい。戦前、戦中の苦難の時代に画業を継続した画家たちの功績が、戦後美術の復興・発達の礎となった。

 戦後の呉では、多彩な創作活動が行われ、それらのゆるやかな連携体として呉美術協会が存在し、その他、市外・県外を拠点とするなど、呉美術協会に所属せずに活動する美術家たちも多くある。

 油彩画においては、南薫造、梶田英一らに連なる堅実でアカデミックな画風、宇根元警、空野八百蔵、岡部繁夫らの独立美術協会系の流れなど戦前以来の流れに加え、自由美術協会に所属して強い社会性を示す作家たちの存在が目立つ。日本画においては、日展系、院展系の二大潮流に所属して切磋琢磨する作家たちや、どの流派にも属さず地元を拠点として独自の創作活動をする作家たちがいる。水彩画では、「新しい水彩画」の確立を目指す水彩連盟の県内における拠点を形成し、写真では、軍港都の制約から戦前は低調であったものが戦後には記録性と芸術性の両面から写真表現に取り組む作家が輩出している。また、彫刻は、木彫表現に伝統継承と新たな展開があり、工芸では、ユニークで多彩な技法・表現・活動が注目される。

 共通するのは、作家それぞれが、自らの信念に基づき独自の技法・様式・題材を追求し、その結果、多彩な芸術表現を生み出していることである。
 「呉ゆかりの美術」と言うとき、呉の出身、呉で活動など人に着目する視点と、テーマが呉の地域や歴史、社会事象等であるなど題材に着目する視点とがある。
 今後も「呉」をキーワードとして様々な視点から作家研究や美樹史研究を進め、展覧会を企画・実施することで、美術を通して呉の歴史・社会・文化への理解や関心を深め、広げていくことができればと祈念する。

平田春潮《高千穂神楽 伊弉諾尊・伊弉冉尊 酒こしの舞》2008年 北広島町蔵



藤川九郎《港》1954年 呉市立美術館蔵
生田正雄《閑日鳥語》1970-75年 呉市立美術館蔵
落合規子《私の部屋》2008年 作家蔵


水船六洲《夜の客》制作年不詳 呉市立美術館蔵
久保俊寛《ヒロシマ 残された二重像》2000年 作家蔵


明田弘司《突堤の子どもたち 子守りの少女 呉市安浦》1954年 明田フォトプロジェクト蔵
迫幸一《海に繋がれる(A)》1961年 呉市立美術館蔵


こうの史代《この世界の片隅に》2008年
©こうの史代/コアミックス



水船六洲《燭明り》1967年 広島県立美術館蔵

関連イベント

※-◆↓-◆↓犬悗里柑臆辰砲賄日の入館券が必要です。

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※ご参加には本展チケット(半券でも可)のご提示が必要です。

講師:戸高一成(呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長)
日時:12月10日(土)14:00〜15:00(開場13:00)
会場:ビューポートくれ3階大ホール(呉市中通1-1-2)
定員:200名(先着順)



芸南の風土と美学
※当日10:00より美術館受付で整理券を配布します。

講師:金田晉(東亜大学特任教授、広島大学名誉教授、元蘭島閣美術館名誉館長)
日時:2023年1月15日(日)13:30〜14:30(開場13:00)
会場:呉市立美術館地階講座室
定員:30名(先着順)

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呉を描く2022コンテスト
ご自由にご覧いただけます。本展チケットは不要です。

呉市内の小・中学生から募集した呉をテーマとする絵画の入賞作品など約30点を展示します。
大和ミュージアム(10月12日〜23日)、てつのくじら館等を巡回後、呉市立美術館で本展会期中(11月26日〜1月29日、11時〜15時)展示します。
※休館日:月、火曜日。12/29〜1/3


主催:大和ミュージアム、呉市立美術館、てつのくじら館、入船山記念館

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ヽぞ綣衛隊呉音楽隊野外コンサート
ご自由にご参加いただけます。本展チケットは不要です。

演奏:海上自衛隊呉音楽隊
日時:11月26日(土)14:00〜14:40 ※雨天中止
会場:故山苑(呉市幸町入船山公園内、美術館前庭園)
演奏:行進曲「軍艦」ほか



∪嵶瓦の街から紡ぐ歌にのせて
※当日10:00より美術館受付で整理権を配布します。

出演:谷本惣一郎(テノール)
日時:2023年1月14日(土)11:00〜11:30/14:00〜14:30
会場:呉市立美術館2階ホール
定員:各回30名(先着順)
演目:藤井清水の楽曲ほか映画「この世界の片隅に」より「悲しくてやりきれない」など

協力:呉市藤井清水の会

検.ャラリートーク

申込不要

解説:担当学芸員
日時:12月3日(土)、12月17日(土)、1月7日(土)、1月21日(土)
   各日11:00〜12:00
会場:呉市立美術館展示室内