呉市立美術館
近現代の美術作品を所蔵し特別展も開催|呉市立美術館

開館時間

●10時〜17時
(入館は16時30分まで)

休館日

●毎週火曜日
(火曜が祝日・振替休日の場合は、その翌日)
●年末・年始(12月29日〜1月3日)
※展示替え等で臨時に休館する場合があります
 
は休館日
 
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特別展

高橋由一から藤島武二まで
日本近代洋画への道―山岡コレクションを中心に―

2021年3月17日(水)〜5月5日(水・祝)




 幕末から明治へと移り変わる時代は、日本の歴史の上で政治や文化の大きな転換期であり、美術の世界においても日本洋画の誕生という画期的な出来事がありました。
 日本人と西洋絵画との出会いは16世紀後半の桃山時代、キリスト教伝来に伴う聖画や南蛮屏風にまで遡りますが、徳川幕府による鎖国政策でその潮流は途絶えました。しかし、江戸後期になると蘭学を中心に再び西洋の文化がもたらされ、洋書の挿絵や銅版画などに触発された当時の画家たちは、写実的な洋風表現を手探りで試みるようになります。さらに明治維新後に油彩画が日本へ導入されると、あたかも現実をそのまま写し取ったかのような迫真性に強い衝撃を受けた画家たちは、試行錯誤を繰り返しながら、新たな表現方法の獲得を目指して歩みだしました。
 本展では、初期洋画の宝庫と評される山岡コレクション(ヤンマーディーゼル創業者の山岡孫吉による収集)を中心に、日本洋画の父と言われる高橋由一、五姓田義松をはじめとして、黒田清輝、藤島武二、青木繁など、笠間日動美術館が所蔵する日本洋画の礎を築いた巨匠たち70余名186点の作品を一堂に集め、幕末から明治にかけて形成された日本近代洋画の興隆期を振り返ります。


会期2021年3月17日(水)〜5月5日(水・祝)
開館時間10:00〜17:00(最終入館は16:30まで)
休館日火曜日(5月4日(祝)は開館)
入館料一般1,100(900)円/大学生500円(要証明書)/高校生以下無料

※( )内は一般前売及び20名以上の団体料金、シルバー料金(70歳以上の方、要証明書)。障害者手帳等をお持ちの方は無料(要証明書)。高大生は学生証をご持参下さい。
前売券販売場所(4月25日(日)まで)呉信用金庫ホール、電子チケットぴあPコード、ローソンチケットLコード、セブンチケット(http://7ticket.jp/)、CNプレイガイド(Famiポート)、ひろしま夢ぷらざ、中国新聞社読者広報部、中国新聞販売所(取り寄せ)、ゆめタウン呉、生協ひろしま、呉の主な画材店など
主催呉市立美術館、呉市、呉市文化振興財団、中国新聞社
後援NHK広島放送局、中国放送、広島テレビ、広島ホームテレビ、テレビ新広島、広島エフエム放送、FMちゅーピー76.6MHz、FM東広島89.7MHz
企画協力公益財団法人日動美術財団

関連イベント

関連イベントに参加される方は入館当日の展覧会チケットが必要です。

,痢撻錙璽ショップ】は事前申込が必要となります。

 離錙璽ショップ]《鮭図》に挑戦!オイルパステルで油絵風に描こう ※要事前申込
受付終了しました。

展示作品の高橋由一《鮭図》をモチーフに、油で溶いたオイルパステルを使って油彩画のようなタッチの絵を描きます。

日時:4月3日(土)14:00〜16:00
講師:大路 誠(洋画家、白日会会員)
対象:高校生以上
定員:10名
参加費:1,000円(税込)
会場:地階講座室

◆旅岷蕾顱禄ど家が見た日本における近代初期洋画の魅力 ※申込不要

日時:4月4日(日)13:30〜15:00
講師:村松裕美(絵画修復家)
定員:30名(先着順)※当日10:00より受付で整理券を配布。
会場:地階講座室

[館長講座]日本近代洋画史入門(全3回) ※申込不要 ※比治山大学連携事業

日時: 3月20日(土)近代洋画のあけぼの(江戸〜明治)
    4月10日(土)工部美術学校と東京美術学校(明治中期)
    4月24日(土)明治浪漫派と水彩画の時代(明治末期)
各13:30〜15:00
講師:横山勝彦(呉市立美術館長)
定員:30名(入館券1枚で全3回聴講可、当日整理券配布)
会場:地階講座室

っ甘学芸員によるギャラリートーク ※申込不要

日時:3月28日(日)、4月7日(水)、4月18日(日)各日11:00〜
会場:展示室内

展示構成

機々掌曜詼の洋風画

 日本における洋画のルーツは10世紀半ばのキリスト教伝来までさかのぼることができますが、日本洋画誕生の胎動が本格化するのは、蘭学が解禁され、医学や語学などの学問を中心としたヨーロッパの文化が再び移入され始めた江戸時代後期から幕末にかけての時代です。この頃に招来された洋書の挿絵や銅版画などの写実的表現に触発され、18世紀後半ごろから、司馬江漢や亜欧堂田善らの江戸系洋風画、小田野直武らの秋田蘭画、長崎系洋風画がなどが次々と生まれました。
 主に軍事面や産業面での洋風技術の実用性を認識した幕府は、西洋の技術・文化・諸事情を調査・研究する蕃書調所を設置し、その画学局で川上冬崖に西洋画法の研究を行わせました。日本で初めて迫真的な油彩画を描いた高橋由一はここで川上に学びますが、確固とした知識や技術があるわけでもなく、イギリスから特派記者として来日していた横浜のワーグマンを訪ね、初めて油彩画の手ほどきを受けました。由一のほか、五姓田義松、山本芳翠などもワーグマンに学んでいます。(「日本近代洋画への道」展図録/公益財団法人日動美術財団(冨士根智之)/日動出版/2015年)p15より)
亜欧堂田善「浅草観音図」
長崎系洋風画(作者不詳)「異人図」
高橋由一「丁髷姿の自画像」1866-67年
高橋由一「猫図」
チャールズ・ワーグマン「百合図」1878年制作

供〔声初期留学生と工部美術学校

 明治初年から20年頃にかけて、百武兼行、国沢新九郎、五姓田義松、合田清、松岡寿らはヨーロッパへの留学を果たしました。留学の動機は様々で、必ずしも洋画技法の習得のみを目的とした人ばかりではなく、留学中に他の分野から絵画の道へ転向した人もいます。明治9(1876)年、政府は工部美術学校を創立し、初めて西洋美術の教育に着手します。イタリアからフォンタネージらを招き、彼の下から浅井忠、小山正太郎、松岡寿、山本芳翠など、この時期を代表する幾多の画家たちが巣立ちました。日本最初の女性画家となった山下りんもここで学んでいます。しかし工部美術学校は、国粋主義の高まりや伝統美術復興の波に呑まれ明治16(1883)年に廃校となってしまいます。
 そうしたなか、浅井、小山、松岡、五姓田、川村清雄、原田直次郎ら主だった洋画家たちは、明治22(1889)年、日本で最初の本格的洋画団体である明治美術界を結成して、洋風美術排斥の風潮に対抗しました。(「日本近代洋画への道」展図録/公益財団法人日動美術財団(冨士根智之)/日動出版/2015年)p49より)
ラファエル・コラン「婦人像」
浅井忠「外国婦人図(臨模)」 1877年
二世 五姓田芳柳「大楠公」
小山正太郎「山村風景」
ラグーザ玉「保津川の渓流」

掘〔声3宛派とロマン主義

 明治26(1893)年、黒田清輝と久米桂一郎がフランス留学から帰国、洋画界に新風を吹き込みます。外光派のラファエル・コランに師事した黒田らは、明治29(1896)年に白馬会を結成、ここに藤島武二や岡田三郎助、和田英作、青木繁など明治後期に活躍する画家たちが集い、明るく清新な画風で洋画界をリードする大きな勢力となります。洋画界には文芸界のようにまとまった浪漫主義の運動は起こりませんでしたが、若い画家たちは時代の子として自己主張の欲求があり、規制の表現に飽き足らず外光描写を熱狂して迎え入れたのでしょう。白馬会の運動は、洋画における浪漫主義運動という側面を持っていました。
 色彩や外交を重視する白馬会系の新派=紫派に対し、旧派=脂派と称された明治美術会からは、歴史画家J.P.ローランスに学び、物の形の把握やデッサン力を重視する満谷国四郎、中村不折、鹿子木孟郎らが明治34(1901)年に太平洋画会を結成して白馬会に対抗しました。明治40(1907)年、文部省美術展覧会(文展)がスタートすると、各派は様々に対立・競合しながらも合流・混合して、さらなる新展開の時代を迎えることになってゆきます。(「日本近代洋画への道」展図録/公益財団法人日動美術財団(冨士根智之)/日動出版/2015年)p93より)
黒田清輝「浜の丘 稲村ヶ崎海岸の積藁」1910年頃
湯浅一郎「緑陰」1900年
久米桂一郎「習作」1889年
北蓮蔵「ハンモック」
荻原碌山「女」1910年